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雑記 2009年11月27日

金田一の日本語動詞分類 1

Vendler 分類を取り上げたので、ついでに金田一春彦の日本語動詞分類についても触れておきたい。金田一春彦氏と言えば、一般には国語辞典の編纂者としてよく知られた方だが、実は、戦後間もない頃に、日本語の動詞・助動詞に関して画期的な論考を発表しておられるのである。助動詞論については、機会をあらためてまた取り上げるとして、ここでは、「国語動詞の一分類」と題された1950年の論文の中で提唱された動詞分類を紹介しておきたい。

金田一は、Vendler 分類によく似た以下のような動詞分類を、Vendler よりも10年以上も早く提唱していたのである。

  • 状態動詞: 事物の状態を表す
     ある、いる、できる(可能)、要する、値する、etc.
  • 継続動詞: ある時間継続して行なわれる種類の動作・作用を表す
     読む、書く、笑う、無く、散る、降る、etc.
  • 瞬間動詞: 瞬間に終わってしまう動作・作用を表す
     死ぬ、(電灯が)つく、触る、届く、決まる、見つかる、始まる、終わる、到着する、etc.
  • 第四種の動詞: 時間の概念を含まず、ある状態を帯びることを表す。
     そびえる、優れる、おもだつ、ずば抜ける、ありふれる、馬鹿げる、似る、etc.

上の分類を Vendler 分類と比べてみてすぐに気がつくことは、Vendler 分類で言うところの達成動詞と活動動詞がこの分類では、継続動詞として一本化されているということ、及び第四種の動詞という特殊なカテゴリーが設定されていることである。後者に関しては、次回詳しく取り上げるが、前者について言うと、日本語の場合、名詞の数表現が必須ではない(e.g. paint a picture も paint pictures もどちらも「絵を描く」となってしまう)ため、内在的終了点の有無があまり意識されないということがあるのであろう。

逆に瞬間動詞や状態動詞というカテゴリーの存在に気づいたのは、何と言ってもやはり、日本語に単純形とテイル形の使い分けというアスペクト上の特殊性があるからであろう。英語の単純形と進行形の峻別と同様に、日本語でも、動作動詞で現在進行中の動作を表す場合、単純形ではなくテイル形にしなければならない。

  1. うちの子は今公園で遊んでいる。
  2. ×うちの子は今公園で遊ぶ。

それに対して、状態動詞はテイル形にしなくても現在の状態を表すことができる。

  1. リンゴがテーブルの上にある。(cf. ×あっている)
  2. 子供たちは今公園にいる。(cf. ×いている)

と、ここまでは英語と共通なのだが、異なるのは瞬間動詞の場合である。

  1. その男は死んでいる。
  2. その部屋には灯りがついている。
    (cf. お客が次々と到着している。)

瞬間動詞がテイル形と結びつくと、動作の進行ではなく、動作の完了(その後の状態)を表す表現になるのである。ここが、英語の進行形と異なるところである。(因みに、cf にあるように、《動作の繰り返し》を意味するように文を変えてやると、完了ではなく、その繰り返しの進行を表す。)この秘密は、テイルという形式が、実は完了の助動詞タの連用形と状態(補助)動詞イルの合成表現になっていることにある。つまり、「死んで」「ついて」のテでもって状態変化の完了を表し、イルでその後の状態を表すという分業表現になっているのである。

「じゃあ、継続動詞の場合はどうなの?」という疑問の声が上がりそうである。以前にも触れたことがあるが、継続動詞の場合だと、テイル形は《進行》と《完了》の両方を表せる。

  1. 彼は今公園を走っている。(進行)
  2. 僕たちはもう十分に走っている。(完了)

なぜ同じテイル形なのに、継続動詞の場合は《進行》と《完了》という異なった2つの意味を表すことができるのか?これには、継続動詞の表す事態に状態変化の点が2つあるということが関わっている。すなわち、下の図にあるように、動作の開始という状態変化と動作の終了という状態変化である。

テが前者と結びつけば、動作が始まって進行中ということだから《進行》の意味になり、後者と結びつけば、動作が終わった後ということだから《完了》の意味になるのである。

ここで重要なポイントは、テイル形のテは《動作の完了》ではなく《状態変化の完了》を表すということである。通常のタの用法(終止形)だと、9 のように動作の完了を表すケースが圧倒的に多いので、なかなか気づきにくいのだが、それでも、状態変化の完了を表す 10-12 のような例はある。

  1. 私はもう10キロも走ったよ。(動作の完了)
  2. ほら見て、ほら。馬が走った、走った。(動作の開始)
  3. ほら、見て、見て。富士山が見えたよ。
  4. あ、時計はこんなところにあったよ。

10 は、例えば、今まで草を食んでいた馬が急に走り出したところだと考えていただきたい。このようなときは、走る動作が終了していなくても、10 のように言うことができる。これは、タが、走っていない状態から、走っている状態への変化の完了を表すのに使えるからである。また、11 と 12 のようなタの使い方については、こちら、フルーツパフェになりますに書いた《主観性の投影》としての状態変化の完了といふうに考えればよいであろう。

このように、テのもとになっている助動詞タに状態変化の完了を表す意味があるので、テイルにそれが継承されてきて、継続動詞においては、テイル形が《動作の進行》と《動作の完了》という二つの意味を表すようになったのである。

補 足

因みに、標準日本語には、進行表現はテイル形しかないが、西日本(中国・四国・九州)各地の諸方言にはヨル・トルの2形があり、前者は純粋の進行表現になる。

  1. 雨が降りよる。(進行)
  2. 雨が降っとる。(進行 or 完了)

ヨル・トルは、標準日本語からは外されてしまった存在動詞オルを用いたアスペクト表現で、それぞれ「~しおる」「~しておる」が訛った形だと思われる。つまり、テを含む形と含まない形が共存しているのである。

もう一つ、ついでに言うと、九州では(どのくらいの範囲でなのかは知らないが)アルもテイル形になることがある。(テイル形だけではなく、ヨル形・トル形にもなる。)

  1. ×その部屋では今、会議がある。
  2. その部屋では今、会議があっている。
  3. その部屋では今、会議がありよる。
  4. その部屋では今、会議があっとる。
  5. ×テーブルの上にリンゴがあっている。

iii からわかるように、アルの主語が、イベント(e.g.「会議」「授業」「コンサート」「祭り」)を表す名詞の場合、アルが動作動詞化する。だから、テイル形をとるのは別に不思議なことではない。(vii にあるように、普通の物体ではダメ。)私などは子供の頃から普通に使っていた言葉遣いなので、よそに行ったらそういう言い方はしないというのを聞いて、実に不思議なもんだと思ったものである。そもそも、主語がイベント名詞の場合にアルが動作動詞化するのは標準語でも同じなわけだから、それがテイル形にならないというのは、少々理不尽な気がしないでもないのだが、いかがだろう?

つづく


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