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雑記 2008年6月19日

比較表現の難しさ

英語というのは、比較表現を使って凝った言い回しを行なう言語である。少なくとも、日本語話者の感覚からするとそう思える。中学校で習う比較表現は以下の3種類であるが、

  1. John is as tall as Bill. (等級比較)
  2. John is taller than Mary.(比較級)
  3. John is the tallest in his class. (最上級)

John is as tall as anyone. や No one is taller than John で最上級の意味を表すことができるし、

  1. It could have been worse. (このくらいで済んでよかった)
  2. John has never been happier. (ジョンは最高に喜んでいる)

なんていうふうに、仮定法や完了形と組み合わせることにより、ひねりの入った(それゆえ、日本人にはなかなかピンと来にくい)表現を作り出している。 4 や 5 の意味のわかりにくさは、

  • 比較の対象が、1, 2, 3 の例のように別の物体ではなく、仮想の状況やこれまでの状態であること
  • その比較の対象を表す than 以下(i.e. than it really was, than he is now)が省略されていること
  • そして、正にその省略されている部分が、実はこれらの文が最も主張したい内容になっていること

に原因がある。一言で言ってしまえば、本当に言いたいことを回り道をしながら主張しているのであるが、その本当に言いたい部分は省略されており、回り道の部分だけが示されているということである。

比較表現といえば、受験参考書や熟語集などに必ずと言っていいほど取り上げられている熟語に以下のようなものがある。

  1. no more than ~
  2. not more than ~
  3. no less than ~
  4. not less than ~

熟語集などだと、日本語訳と言い換え表現(only, at most, as much as, at least)が載っているだけで、「後は、さあ、頑張って憶えましょうね!」ってな感じになっていることが多い。しかし、こういう互いに形がよく似た表現の丸暗記というのは、えてしてうまく行かないものである。実際、授業で訊いてみても、これらの意味を正確に憶えている学生などめったにいない。

では、どういうふうに考えたら憶えやすいだろうか?

まずは、no の場合と not の場合の違いをはっきりさせることである。no の場合は = の意味になり、not の場合は ≦ または ≧ の意味になる。つまり、no more や no less はズバリその数量や度合を表し、not more や not less は不等号付きの表現となるのである。

  1. A is no more than 5. (A = 5)
  2. B is not more than 5. (B ≦ 5)
  3. C is no less than 5. (C = 5)
  4. D is not less than 5. (D ≧ 5)

not more than 5 は「5 より大きいこと」の否定であるから「5 以下」の意味になるし、not less than 5 は「5 より小さいこと」の否定であるから「5 以上」の意味になる、というのは納得のいく話であろう。

しかし、これでは no more と no less の違いがわからない。この二つの表現の違いは何なのだろうか?

それは、その数量や度合に対する期待の仕方の違いである。10 は「A が 5 よりも大きいという期待があったが、実際はそれより少ない 5 である」という意味を表し、11 は逆に「C は 5 よりも少ないという期待があったが、実際はそれより多い 5 である」ということである。つまり、no more は「過剰分が0」、no less は「不足分が0」ということを表す表現なのである。(not は「~である」ことの否定を表すのに対して、no はある数量(e.g. 5 を越える分や足りない分)の非存在を表しているのである。)だから、no more than 5 は only 5 で言い換えられ、no less than 5 は as many as 5 の意味になる。

more や less が単なる数量ではなく、他の形容詞や副詞の度合を表す場合(e.g. no more beautiful, no less slowly)や、他の語の比較級に同様な形が用いられた場合(e.g. no better)も、上の理屈の延長線上で考えると、その意味がわかりやすい。

補 足

10 ~ 13 の意味の説明は、高校時代に英語のK先生から教わったものである。K先生は、正に“理知的な威厳”がそのまま背広を着て歩いているような先生であった。御指導いただいたのはもう30年近くも前のことである。あれ以降、いろいろな先生方にお世話になったが、K先生ほどの知的迫力のオーラをまとった方には他に出会った記憶がない。やはり、戦前・戦後という、日本が大きな動乱に巻き込まれた時代を、苦労を重ねながら知性の練磨に精進して来られた方の持つ凄みであろうか。

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