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統語構造

言語は統語構造を持つ

対象指示の項で、言語の本質的な特徴として「恣意性」という性質を挙げたが、この性質は言語のみならず、記号表現全般にも当てはまるものである。そもそも記号とは、対象に、目印となる何らかの形象(物理的な形を持つもの)を対応させて表すようにしたものであるが、対象とその形象の間には、感覚的特徴の類似性がある必要は必ずしもない。その結びつきが社会的な取り決めとして人々に共有されていれば、基本的には、その対象を表すのにどんな形象を用いても構わないのである。つまり、指示構造から見れば、言語は記号の一種であるということができる。

しかし、言語には、対象指示の恣意性のほかに、もう一つ重要な特徴がある。それは、通常、単語(word)や形態素(morpheme)といった基本的な要素を文法(grammar)と呼ばれる規則に従って組み合わせ、文(sentence)というひとまとまりの全体を構成することで、メッセージの内容を表現しているということである。そして、基本的な要素の組み合わせ方を変えることにより、別の様々な内容を柔軟に表すことができるようなしくみを備えている。文の持つこの規則的配列構造のことを統語構造(syntax, syntactic structure)と呼び、このように「全体が部分の規則的組み合わせから出来上がる」という性質を合成性(compositionality)という。

この合成性の有無という点について、言語を、記号の代表例である交通標識と比べてみよう。以下の3つの標識は、普段最もよく目にするものの代表例ではなかろうか。

交通標識:駐車禁止
 駐車禁止 

交通標識:車両進入禁止
車両進入禁止

交通標識:車両通行止め
車両通行止め

これらはいずれも一つの命令(禁止)を表しているが、それぞれが全体として一つの単位をなしているだけで、基本的要素の規則的組み合わせにより全体が構成されているわけではない。それに対して、「駐車禁止」「車両進入禁止」「車両通行止め」という日本語は、

  1. 駐+車+禁止
  2. 車両+進入+禁止
  3. 車両+通行+止め

という内部構造になっており、基本的単位要素の組み合わせで全体の内容を表すようになっている。しかも、以下の例のように、部分を規則に従って入れ替えたり継ぎ足したりすることで、関連する別の内容を極めて柔軟に表すことができるのである。

  1. 駐車禁止 ⇒ 駐輪禁止、一般車両駐車禁止、etc.
  2. 進入禁止 ⇒ 進入許可、本日進入禁止、etc.
  3. 通行止め ⇒ 大型車通行止め、通行止め解除、etc.

しかも、各部分(進入、通行、禁止、許可、駐、車、輪、車両、etc.)がそれぞれ固有の意味を表しているため、既存の組み合わせを変えて新しいメッセージを創り出しても、その内容がすぐに理解されるという便利さもある。

もちろん、交通標識にも合成的な側面がないわけではない。運転免許をお持ちの方なら誰でもご存知のことだが、上の3つのような赤色の標識は「禁止・制限」を、青色の標識は「許可」を、黄色の標識は「注意」を表すようになっているし、以下の例のように、「通行止め」のベースに車両の図柄を組み合わせて、より特殊な制限を表している例もある。

交通標識:二輪の自動車以外の自動車通行止め
二輪の自動車以外の自動車通行止め

交通標識:大型貨物自動車等通行止め
大型貨物自動車等通行止め

交通標識:大型乗用自動車通行止め
大型乗用自動車通行止め

交通標識:二輪の自動車原動機付自転車通行止め
二輪の自動車原動機付自転車通行止め

交通標識:自転車通行止め
自転車通行止め

しかし、表せるメッセージの多様性は、言語の場合に比ぶべくもない。つまり、言語は、他の記号表現と異なり高度な合成的複合構造を持つことにより、限られた数の要素を使って、無限とも言えるような多様な内容を表現できるようになったのである。

補 足

表現としての柔軟性という点では、言語は交通標識よりも圧倒的に優れているが、瞬時的視認性という点からすれば、交通標識の方に分があることも確かである。だからこそ、交通標識は、図柄が主体の記号になっていて、言語は補足的にしか用いられないのである。

また、記号の中には、数式・化学式やコンピューターのプログラミング言語のように、独自の領域で高度に整備された統語構造を持つものもある。これらは、代替指示性・概念的表現性・統語構造という条件を満たしているという点では、言語に近いといえる。ただその一方で、これらの記号式は、表せる対象領域が限定されており、自然言語のように、人間の認識のあらゆる部分を対象に表現できるというわけではない。その点が、言語学が研究対象としている自然言語と決定的に違う部分である。

統語構造を支える規則のシステム:文法

文法は、語や形態素の単なる配列規則ではなく、事態(平たく言えば、出来事)を基本的概念ごとに分解して得られた諸概念の再統合システムである。

統語的表現過程

対象となる事態の中のどの部分をどのような概念で切り分け、そうして得られた諸概念をどのように組み合わせて文を構成するか、は個別言語ごとに大きく異なっている。すなわち、各個別言語は、単語が異なるだけでなく、文法のあり方や事態の概念化の仕方においても様々な相違を示すのである。

上の説明の中の「事態の概念化の仕方」ということに関して少し補足が必要であろう。「文法のあり方が違う」と言えば、通常は「名詞に性(gender)の区別がある」とか「名詞・代名詞が格変化する」とか「時制や相など、動詞の活用で表されるカテゴリーに違いがある」といったような形式的な違いや、文要素(主語・目的語など)の語順の違いのことを言うのが普通である。しかし、そのようなレベルとは別に、同じ事態を表すのに、概念化の仕方が違うことにより、文のあり方が異なってくるということがあるのである。

例えば、

  1. お腹が空いた。 (日本語)
  2. I am hungry. (英語)
  3. Ich habe Hunger. (ドイツ語)

において、日本語は、「お腹」を独立の単位として切り出し、その状態を「すいた」と動詞の完了形で表している。英語は、人間全体であるIを独立の単位として切り出し、その状態を hungry という形容詞で表している。つまり、日本語が「お腹がすいた」という主語・述語を含んだ複合形で表現する内容を、英語ではhungryという一つの語で表現しているのである。 ドイツ語では、人間全体であるichのみならず、空腹状態も名詞概念で切り出し、それをhaben("have"=所有関係)で結びつけているという点で、日本語とも英語とも異なった概念化の仕方をしているのである。

典型的な文の構造

上に述べたように、言語の言語たる所以は、基本的要素を規則に従って組み合わせて文という単位を作り出すことにあるわけだが、文の中でも典型的なものには共通する構造がある。それは、実体概念を表す単位(e.g. 名詞)と関係概念を表す単位(e.g. 動詞)を組み合わせて何らかの事態を表す、叙述(predication)という複合構造を構成するという点である。

実体概念とは、対象をそのマトマリの側面で捉えたときに成立する概念であり、これを表す語は名詞と呼ばれている。実体概念は、典型的には、本、机、人、犬などのように、物理空間の中に固定した形を具えて存在している対象から抽象される概念である。これらは、最も認知しやすいタイプのマトマリを示しているからである。しかし、それにとどまらず、様々な色、音、匂い、味のような特殊な認知領域において特殊なマトマリとして把握される対象や、空間・時間の両方にマトマリをもつ対象(出来事)も、それをマトマリとして捉える限り実体概念化することができ、名詞で表現することができる。俗に言われる「名詞とは、人や物を表す言葉」という定義は、典型的な名詞の表す対象そのものに依存したものであり、いわば、事柄の半分を言い当てているに過ぎない。名詞の本質は、対象を認知領域におけるマトマリとして把握して表現するという、認識者の側の主観的活動に存するのである。

一方、関係概念とは、対象を要素間のツナガリとして捉えたときに成立する概念であり、形容詞・動詞・副詞などの様々な種類の語によって表されるものである。この中でも、形容詞と動詞は、ある実体と他の要素との間の関係を表す要素であるがゆえに、その実体を主語とする叙述構造(predication structure)を構成することができる。そして、このような叙述構造こそが典型的な文の中核部分をなすのである。上に挙げた例で言えば、I am hungry. においては、I の表す人物とその空腹の状態とのツナガリが hungry という語で表され、それが叙述構造をなしていることが am で表されている。またドイツ語の例だと、ich の表す人物と実体概念化されて捉えられた空腹状態(Hunger)が habe という所有関係の一種として表現されているのである。

典型的な文がその中核に叙述構造を持つというのは、我々が世界の中の様々な事象を認識するときに、諸要素とその繋がりという形で捉えていくという特性に基づいている。これは、我々の眼に映る世界のあり方そのものが正にそのような構造を持っているからである。我々が身の回りを見渡してみたときにまず目につくのは、机、椅子、本、コンピューター、ドアなどの様々な外観を具えた物体とその特性やその間の関係であり、このことは環境・条件が異なっても(大雑把に言えば)万人に共通なのである。世界には、数千とも言われる個別言語が存在しており、その文法的特性は多種多様であるが、そのいずれもが文という単位を表現の基本とし、典型的な文の中核に叙述構造を持っているのは、このような人間の認識活動の普遍性に基づくものである。

更新情報

2016年9月12日NEW
ページデザインを一新しました。
2013年7月1日
言語論下のページを改訂しました。
2009年11月23日
認識論下のページを改訂し、社会と文明共有認識を追加しました。
2009年11月12日
子育て認識の自由性を追加しました。
2009年11月9日
認識論を追加しました。