雑記 2014年6月12日
オノマトペの話
情報処理センターのコラム『情報の糧』の再録第7弾である。2013年7月に書いたものを手直ししてある。
先日(1年前のこと)、NHKの『クローズアップ現代』という番組でオノマトペ(擬声語・擬態語)のことを取り上げていた。ご覧になった方もいるのではないだろうか。最近、商品の名前やキャッチフレーズにオノマトペ、特に「もちっと」「ふんわり」などの擬態語が用いられる割合が増えており、実際、売上アップにも貢献しているとのことである。また、医療現場では、患者の症状を理解するための道具として、オノマトペの役割を積極的に評価していこうという動きがあるそうである。もともと日本語はオノマトペが豊かであり、特に、他の言語ではあまり見られない擬態語の数が非常に多い。また、「サクっと動く」「がっつり食べる」など比較的新しく出てきている擬態語もある。果たして、オノマトペというのは、どのような情報伝達の特性を持っているのであろうか?
2008年度のコラム「情報伝達と人間のコミュニケーション」にも書いたが、言語における情報伝達の最大の特徴は、その抽象性にある。言葉で何かを表すとき、対象物に関する具体的な情報は、直接にはほとんど伝わらないのである。例えば、「私は、今、研究室のパソコンでこの文章を書いている」という文を読んだ場合、日本語がわかる人ならば、この文の意味がわからないということはないであろう。しかし、では、その「研究室」がどのくらいの広さで、どのくらい散らかっているか、とか、「パソコン」はどのメーカーのもので、デスクトップ型かノート型か、などといったことがわかるかと言えば、全くわからないはずである。言語は、対象物を類の認識を通して表すので、「研究室」とか「パソコン」という類に共通する特徴(研究室やパソコンの一般的な機能)以外の具体的な情報(e.g. 色、形、大きさ)を捨象して伝えてしまうからである。つまり、通常の言葉づかいでは、対象物の見た目や手触りといった感覚情報はほとんど伝わらないのである。
ところが、オノマトペは、通常は捨象されてしまう対象物の感覚情報(それも、人間の五感にとってどのように感じられるか)を、前面に押し出して伝えるという特徴がある。擬声語は正にその最たる例で、対象物の音の聞こえ方を言語音で或る程度まで再現しようとする。更に、擬態語になると、音以外の感覚情報を前面化して伝えようとするのである。「ささっと(動く)」「のっそりと(立ち上がる)」「どんどん(進んでいく)」のように視覚や体性感覚に関わるもの、「つ~んと(鼻にくる)」のように嗅覚に関わるもの、「もっちり」「ふんわり」のような触覚に関わるものなどが典型であろうが、面白いのは「し~んと(静まり返る)」のように、音がしない様子を感覚的に表そうとする擬態語まであることである。
『クローズアップ現代』では、オノマトペの積極的な活用例として、医療現場のほかにスポーツ指導の例も取り上げられていた。擬態語の、触覚や動きの体性感覚を前面化してダイレクトに伝えることができるという特長を生かしたうまい活用法であると言える。もちろん、オノマトペが伝える情報は、感覚情報と言っても、「人間にとっての感じられ方」であり、それ自体を客観的に数値化できるようなものではないので、内容の厳密性に欠けるという短所もある。しかし、その短所をわきまえた上で、そこを別の手法で補いながらであれば、意外な形での有効利用の可能性が開けてくるのかもしれない。