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雑記 2009年2月7日

love の話

英語の love という語は《愛》という概念を表す言葉で、名詞・動詞としての多様な使い方があり、日本語では「愛」「恋」「恋愛」「恋人」「愛する」などと訳される。そして、我々日本人学習者にとっては、語法上ちょっと注意しておかなければならないところがある単語でもある。日本語でいう「愛する」と「恋する」の違い、及びその表現の仕分け方に関わる問題である。

最近お笑い番組のギャグでも見かけるが、英語には fall in love という熟語がある。このフレーズ、fall という動詞が使ってあるためか、みんな「恋に落ちる」と訳してしまう。実際、アルクの英辞郎でも fall in love で引いてみると、「恋に落ちる」という訳が最初に出てくる。しかし、これが曲者である。何故かというと、下の 1 のような文を 2 のように訳して理解してしまうからである。

  1. John fell in love with Mary.
  2. ジョンはメアリーと恋に落ちた。

何が問題なのか? 1 も 2 もジョンがメアリーを好きになったということには変わりない。問題は、メアリーの方がジョンをどう思っているのかということだ。2 の日本語が表すところでは、メアリーもジョンを好きになっていなければならない。相思相愛の仲でなければ、日本語で「~と恋に落ちた」とは言わないものである。ところが、英語の 1 では、メアリーがジョンをどう思っているのかということは何も示されていない。好きかも知れないし、そうでないかもしれない。つまり、1 は「メアリーと恋に落ちた」のではなく「メアリーを好きになった」「メアリーに惚れた」ということなのである。言い方を換えれば、1 はジョンの気持ちのありようだけを言い表す表現であるのに対して、2 は、メアリーの方の気持ちまで含めた二人の関係を言い表しているということなのである。

そもそも fall in love という熟語は fall と in love という二つの部分に分けられる。fall は物理的落下を表す意味のほかに、fall asleep、fall sick/ill、fall (a) prey、などのように、後ろに形容詞相当句を取って、状態変化を表すことができる。fall in love もこの用法の一つである。そして in love の方はというと、「恋している」という状態を表すフレーズである。(もう10年ほど前になるが Shakespeare in Love (恋するシェークスピア)という映画があった。)そして、ここで注意すべきは、このフレーズで表わされている感情は《恋》であって、《愛》ではないということである。というと、ちょっと言い過ぎかも・・・しれないが、両者の間に概念的なズレがあることは確かである。

《恋》とは、(同性愛者を別にすれば)異性を好きになる気持ちのことであり、動物で言えばつがい相手を求める本能に基づくものである。つまり、相手を求めるという態度がベースになっている。正に「恋=こい=乞い」である。それに対して、《愛》は相手のことを思いやる気持ちであり、相手に身を捧げるという態度がベースになっている。しかも、相手は異性に限らない。「子供を愛する」「家族を愛する」「仕事を愛する」「国を愛する」など、様々なものを「愛する」対象にすることができる。これらの多様な語法の根底に「その対象のために身を捧げる」という共通の基盤があるからである。

翻って、英語の love を動詞で使う場合も、日本語の「愛する」と同様の概念的拡がりを見ることができる。

  1. John loves Mary.
  2. John loves his children.
  3. John loves his family.
  4. John loves his job.
  5. John loves his country.

というか、日本語の「愛する」という動詞の方が、英語の love (或いは、ドイツ語の lieben やフランス語の aimer)の翻訳語として出来たんじゃないかと思われる。少なくとも、そのくらい“西洋臭”のする言葉である。別に調べてみたわけではないが、明治以前の言葉遣いでは、異性のことが「好きだ」とか「恋しい」というような言葉遣いはあっても、「家族を愛する」なんてのはなかったんじゃなかろうか。そもそも「家族を愛する」という概念自体が存在していたかどうかも怪しいものだと思う。これは、決して、江戸時代までは家族愛が存在しなかったという意味ではない。それをわざわざ取り立てて概念化し、言葉で明示的に表すなんてことはしなかったんじゃないか、という意味だ。

まあ、この推測が当たっているかどうかは別にして、とにかく、love を動詞で使うと、基本的には《愛する》という概念を表すことになる。そして、それとは区別して、《恋する》という概念を特殊的に表現するための形式として in love というフレーズが成立しているわけである。だから、He loves his daughter. というのは父親として何ら不自然なことではないが、He is in love with his daughter. となると、ちょっと、いや、かなり、アブナイということだ。

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