雑記 2008年5月11日
過去完了形と「~ていた」
I had played tennis for three years in high school.
英作文の授業で自己紹介の文章を書かせると、こういう文に出くわすことがたまにある。最初にこういう言い方に出会ったときの私の反応は
「ん? 過去完了形? ナゼ???」
というものであった。過去完了形というのは、過去のある時点を基準にして、それよりも前のことを表現する形式なので、これを使う際には
- The train had already left when we arrived at the station.
- He was so tired when he came back home, because he had worked very hard all day.
といったように、その過去の基準時点を何らかの形で示すことが必要だからである。ただ単に「高校で3年間テニスをしていた」ということを言いたいだけであれば、I played tennis ~ のように単純過去形で言えば十分なのである。なのに、過去完了形。初めは何故わざわざそんなことをするのかまったく理解できなかった。
しかし、学生にいろいろ尋ねてみると、日本語の「~ていた」という表現に引きずられて何となく過去完了形を使ってしまうらしいということがわかってきた。確かに、
- He could not eat anything more because he had eaten five hamburgers.
- ハンバーガーを3個も食べていたので、それ以上は食べきれなかった。
のような場合、日本語訳では「食べていた」というようにテイタが使われる。これは、テイタの基本形であるテイルに、大きく分けて「進行・継続」の意味と「完了」の意味があり、テイタではそれらが過去にシフトする形で用いられるためである。3 は「完了」の意味が過去にシフトする形で用いられた例だが、「進行」の意味の方が過去にシフトすると
- 私が帰ってきたとき、彼はテレビを見ていた。
- He was watching TV when I came home.
のように、英語の過去進行形と同じ意味になる。5 は、ある時点で動作が進行中であった、という意味だが、これに「ある程度の期間の継続」という要素が加われば「高校のとき3年間テニスをしていた」という使い方になる。かくして、学生の頭の中では、本来テイタの「完了」の意味にのみ対応するはずの過去完了形が、「進行」を通り越して「過去における動作の継続」にまで強引に結び付けられてしまうことになるのである。
これは学生だけに限った話ではないようで、数年前のことだが、某巨大サイトの掲示板で、塾で英語を教えているという人が、「過去における動作や状態の継続は、単純過去形ではなく過去完了形で表す」という“説”を主張し、生徒にもそう教えている、と言っていた。おそらく上で述べたような経緯でそういう誤解をしてしまったんだろうが、生徒にそういう間違いを伝染させる教師がたくさんいるとしたら由々しきことである。
単語の意味であれ、文法の用法であれ、英語を日本語訳と一対一で対応させて憶え込んでしまうと、ここで論じたような意味のズレが理解できない。しかも、実際のコミュニケーションの場で使ってみるということをやらないと、そういうズレがあることさえ意識できないことが多い。英語学習者(というより、外国語学習者)が肝に銘じておくべきことである。
補 足
因みに、冒頭の英文は、過去の基準点を示すような文脈があれば何ら問題はない。例えば、「大学に入って、テニス愛好会に入会したが、周りはほとんど初心者で、私だけがズバ抜けてうまかった。それはそうだろう。だって、高校で3年間テニスをやっていたんだから。」というような話の流れであればOKなのである。
それから、ここで述べた問題には、日本語は継続的動作や習慣的繰り返しをテイル形で表したがる傾向がある、ということも関係していると思われる。例えば、
- 高校のときはテニスをしていました。
- 昨日は何をしてましたか?
- 日曜はいつも何をしてますか?
などは進行形を用いて英訳すると変な英語になってしまうが、日本語としては別に何の違和感もない。これについては、未完了相(imperfective aspect)という一般言語学的概念を踏まえた上でないときちんと説明できないので、(つまり、話が相当長くなってしまうので)機会を改めてお話したい。